
vol.1
犬の床から考えるペット共生の住まい
犬が床の上で足を滑らせる──。この光景を目にしたことがある方は多いのではないでしょうか。私も、設計の仕事をしている中で、住まいに関する悩みとして「犬が滑る床」を挙げる方にたくさん出会ってきました。
立って足の裏全体で体を支える人間はさほど意識しない「床の滑りやすさ」も、犬にとっては生涯を左右するほどの問題です。なぜなら、彼らは固い爪があるため接地の仕方が人とは異なる上、激しい運動や加齢による腰の損傷にリスクを常に抱えています。また遺伝的にヘルニアになりやすい犬種は特に注意が必要です。

木の床は、犬に優しいのか?
無垢や挽き板のフローリングを愛する方は多いです。木のぬくもり、経年変化の美しさ、足裏に伝わる自然の感触──私自身もその魅力に惹かれる一人です。しかし、「犬と暮らす床」となると、話は変わってきます。
ノコビキ加工、ブラッシング加工、スプーンカット──。どれも表面に細かな凹凸をつけることで防滑性を高める方法です。でも犬の脚が求める「グリップ感」とはまた異なります。人が感じる「滑らない」と、犬が求める「踏ん張れる」は、同じではないのです。
実際に十数年前に老犬を預かったとき、ノコビキのフローリングは私の足には程よい摩擦感があっても、その犬は部屋に入ったところで歩けなくなり、ゆっくりと脚がハの字に開き始めてしまいました。結局、タイルマットを敷き詰めた大き目のサークルの中に居てもらうことになりました。
その時、ペットと暮らすためには「統一感のあるインテリア」にとどまらない、もっと柔軟な視点の必要性を感じたことを思い出します。

機能性とデザインの狭間で
では、犬の滑り止めを最優先に考えるなら、何がベストなのか。今回、東リのショールームを訪れ、樹脂系の長尺シートを改めて見直してみました。
そこには、靴の生活にも耐えうる強度を持ちながら軟かさがあり、防水性・防滑性に優れた床材がありました。ペット専用ではないが、結果的に「犬にとって理想に近い」と思えるものでした。
しかし、それらを住宅に採用するとなると、今度は「人の暮らし」とのバランスが問題になります。犬にとって理想的であっても、住まい全体のデザインを損なってしまうのではないか。そう考えると、全面採用には抵抗あります。
犬が生きるために必要な床、人が美しいと感じる空間。両者の間にある絶妙なバランスを探ること。
それが、設計の仕事なのではないかと思います。


「答え」を決めつけない住まいづくり
私は、犬のための家づくりにおいて、「これが正解」と決めつけることを避けたいと考えています。
木製のフローリングは、美しさと温かみを持つが、滑り対策が必須。
樹脂系のシート床材は、防滑性・防水性に優れるが、住宅デザインとの調和が課題。
洗いやすいタイルマットやラグの併用も、解決策のひとつ。
大切なのは、それぞれの家庭のライフスタイルと、愛犬の特性に合わせた選択をすること。
たとえば、ダイニングは木の質感を残しつつ、リビングは犬が歩き回るために人も床座の生活にしてタイルカーペットやテキスタイルフロアを敷き詰める、
もし全体の統一感を大切にするなら、床は思い切って防滑処理を施したホワイト系のシートで仕上げ、壁や天井にアクセントで木を使う、等
条件や予算の中でできることをやり、家族構成や住まい方の変化に合わせてまた手を加える。
手間はかかりますが、最適な形を模索していく歴史の集積がその人にとってのペット共生の住まいの答えだといえます。
これからも、そんな住まい方の模索に伴走していきたいと思っています。